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名古屋地方裁判所 昭和57年(行ウ)21号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、岡崎市に対し、金三億五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年一〇月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、肩書地に居住する岡崎市の住民であり、被告は、昭和五六年及び同五七年当時岡崎市長の職にあった者である。

2  岡崎市と公社間の本件土地の売買

岡崎市は、昭和五六年八月五日、岡崎市営の駐車場にするため、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を、岡崎市土地開発公社(以下「公社」という。)から代金一〇億五〇〇〇万円で買い受け(以下「本件売買契約」といい、その代金額を「本件売買価額」という。)、公社に対し、昭和五七年五月二〇日、本件売買価額に相当する金員を支出(以下「本件支出」という。)した。

3  本件支出の違法性と岡崎市の損害

本件土地は、岡崎市営の駐車場とする目的で取得された土地であるから、岡崎市は、地価公示法九条、土地収用法三条三二号により、その売買代金を定めるについて当該土地の公示価格を規準として算定すべき義務(以下「公示価格規準義務」といい、公示価格を規準として定めた価格を「規準価格」という。)を負うところ、ここで、「公示価格を規準とする」とは、地価公示法一一条の規定するとおり、「対象土地の価格を求めるに際して、当該土地とこれに類似する利用価値を有すると認められる一又は二以上の標準地との位置、地積、環境等の土地の客観的価値に作用する諸要因についての比較を行い、その結果に基づき、当該標準地の公示価格と当該対象土地の価格との間に均衡を保たせること」をいう。

そこで、右手法により本件土地一平方メートル当たりの単価を求めると、別紙計算表一に記載のとおり、本件土地と地域要因の類似する標準地となる別表1-1に記載の地価公示法に基づく標準地(以下「標準地」という。)「岡崎5-9」及び同「岡崎5-12」の各公示価格に本件土地との地域要因差及び個別要因差に基づく補正を加えて算出した金一四万六〇〇〇円を上回らず、これに本件土地の面積を乗じた価額が金六億八五二二万一八〇〇円であることからしても、本件土地の規準価格は金七億円を超えることはない。

しかるに、岡崎市は、本件土地を取得するためその規準価格を上回る金一〇億五〇〇〇万円を本件売買代金として支出したものであるから、本件支出は地価公示法九条に違反する違法な支出であり、これにより、岡崎市は、少なくとも本件売買価額と規準価格の上限である金七億円との差額である金三億五〇〇〇万円の損害を被った。

4  被告の責任

被告は、岡崎市長として、終始本件売買契約の締結及び本件売買価額の決定に関与した上、昭和五七年八月五日、本件支出を命じ、よって岡崎市に前項記載の損害を与えた。

5  原告の監査請求

原告は、昭和五七年七月二八日、本件支出につき岡崎市監査委員に対し監査請求をしたが、同監査委員は同年九月二一日付で本件支出は違法、不当なものではないとの監査結果を出し、原告は、同月二二日にその旨の通知を受けた。

6  よって、原告は、地方自治法(以下「地自法」という。)二四二条の二第一項四号に基づき、岡崎市に代位して、被告に対し、同市が被った損害金三億五〇〇〇万円及びこれに対する被告の不法行為の日より後である昭和五七年一〇月二四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実はいずれも認める。

2  同3のうち、岡崎市が市営駐車場とする目的で本件土地を取得したこと及び岡崎市が地価公示法九条により本件土地の取得価格の算定にあたって公示価格規準義務を負うことは認め、その余の主張は否認ないし争う。

3  同4の事実は争う。

4  同5の事実は認める。

5  同6は争う。

三  被告の主張

1  本件支出の経緯

本件支出に至る経緯は、以下のとおりである。

(一) 訴外東武運輸株式会社(以下「訴外会社」という。)は、その所有の本件土地上の別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)においてボーリング場を経営していたが、昭和四九年ころから休業していたところ、昭和五五年一二月、岡崎市に対し、本件土地を売却したいが岡崎市において本件土地を取得する意思があるか否かを問い合わせた。

(二) 岡崎市は、本件土地の取得につき協議、検討した結果、本件土地に隣接する岡崎公園及び同公園に隣接する岡崎スポーツガーデン等の施設や周辺商店街等の利用者のための駐車場が不足していることから、本件土地を取得して岡崎市営駐車場とするのが相当であるとの判断に達し、その取得価格の鑑定を訴外カワイ鑑定事務所(以下「訴外鑑定事務所」という。)及び同中央信託銀行株式会社(以下「訴外銀行」という。)に依頼したところ、本件土地の更地としての正常価格を金一一億六三九三万八〇〇〇円、建物解体費用金三七七六万三〇〇〇円とする訴外鑑定事務所の不動産鑑定士河合元三(以下「河合鑑定士」という。)の鑑定結果(以下「河合鑑定」という。)及び本件土地の更地としての正常価格を金一一億六八六三万円、建物解体費用を金八四五〇万円とする訴外銀行の不動産鑑定士柳澤秀保(以下「柳澤鑑定士」という。)の鑑定結果(以下「柳澤鑑定」という。)を得た。

(三) 岡崎市は、右各鑑定結果を参考にして訴外会社と協議した結果、本件土地の取得価格を金一〇億五〇〇〇万円とすることで合意に達し、昭和五六年七月一七日、公社に対し本件土地の先行取得を委託し、また、同月三〇日開催の岡崎市議会において、公社による本件土地の先行取得に要する経費に充てるための債務負担行為の変更議決を得た。更に、同日開催された公社理事会において、本件土地取得のための事業計画の一部変更並びに予算及び資金計画の変更が承認された。

(四) 訴外会社は、同年八月一日、愛知県知事に対し、公有地の拡大の推進に関する法律(以下「公拡法」という。)五条一項の規定に基づく土地買取希望申出をし、同月三日愛知県知事は、公社に対し、公社を公拡法六条一項所定の買取りの協議を行う地方公共団体等と決定する旨の通知をした。

(五) 右通知を受けて、公社は、同月五日、訴外会社との間で、本件土地を訴外会社から代金一〇億五〇〇〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結し、同日、岡崎市は、公社との間で、本件売買契約を締結し、昭和五七年三月一五日開催の岡崎市議会において本件売買代金の支払等を計上した同五六年度補正予算案の承認を得、同年五月二〇日、公社に対し、本件売買代金の支払として、本件支出を行った。

2  本件支出の適法性

前項記載の経緯から、岡崎市は、本件土地の取得価格を決定するに当たり、地価公示法九条による公示価格規準義務を負っているが、以下のとおり、本件売買価額は、規準価格として適正であり、本件支出は、地価公示法九条に照らして適法である。

(一) 公示価格を規準とすることの意味は、昭和四五年二月二三日付建設事務次官通達(建設省計宅政発第三三号~二)によると、「比較の対象として用いる標準地について、その公示価格との関連において当該標準地の価格形成要因の作用を把握し、これに関連する判断を基準として、対象土地の価格形成要因の作用を判断することにより、対象土地の取得価格の算定を行い、もって当該標準地の公示価格と対象土地の価格との間に均衡を保たせることをいう」ものであるが、ここでいう「均衡を保たせること」とは、比較の対象となる標準地の公示価格と対象土地の価格との間においてたまたま均衡が保たれていることをいうのではなく、標準地の価格形成要因と公示価格との相関関係から当該価格形成要因が土地の価格形成に及ぼす作用の程度を把握し、その把握結果を対象土地の価格を求める過程での尺度として用いることを意味しており、具体的鑑定作業の過程においては、対象土地の価格を不動産鑑定評価規準に示す鑑定評価の三方式(取引事例比較法、収益還元法、原価法)によって求めるに際し、比較対象となる土地の価格形成要因との比較検討を経た上で、右三方式によって求められた価格を総合調整する方法によって行われているものである。

(二) 岡崎市が本件土地の取得価格を決定するに当たって参考にした河合鑑定及び柳澤鑑定は、いずれも前項記載の手法によって本件土地の正常価格を算定しているところ、岡崎市は、前項に記載のとおり、右各鑑定価格を下回る価格をもって本件売買価額としたものであるから、公示価格規準義務を尽くしたものと評価できる。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1の各事実は明らかに争わない。

2  同2の主張は争う。

五  原告の反論

岡崎市が本件土地の取得価格を決定するに際して参考にした河合鑑定及び柳澤鑑定は、以下のとおり、いずれも不当なものであり、したがって、右各鑑定に依拠して定められた本件売買価額は、公示価格を規準として定められたものとは評価できない。

1  右各鑑定は、類似標準地の公示価格を比較して算定する方法以外の算定方法をも用いて本件土地の取得価格の鑑定を行っているが、右の価格算定方法は規準価格を求める際には一切不要なもので、右各鑑定はこれら不要の算定方法を考慮している点において、すでに不当なものである。

2  加えて、右各鑑定の用いた類似標準地の公示価格との比較から本件土地の取得価格を求める方法も、以下のとおり、不当である。

(一) 河合鑑定は、本件土地と類似する標準地の公示価格を規準とした一平方メートル当たりの価格として、以下のとおり、算定している(なお、右各標準地ないし愛知県地価調査基準地(以下「県基準地」といい、標準地と合わせて「標準地等」という。)は、いずれも別表1-1ないし同1-2に記載のものである。)。すなわち、

〈1〉 標準地「岡崎5-10」につき金二一万七〇〇〇円

〈2〉 標準地「岡崎5-1」につき金二二万四〇〇〇円

〈3〉 標準地「岡崎5-9」につき金二一万円

〈4〉 県基準地「岡崎(県)5-4」につき金二二万八〇〇〇円

〈5〉 標準地「岡崎5-4」につき金二一万二〇〇〇円と算定し、柳澤鑑定は、同様に

〈6〉 標準地「岡崎5-1」につき金二五万三〇〇〇円と算定している。

(二) しかし、対象土地の規準価格を算定するための類似標準地等の選定については、規準価格を求める際に原則として依拠すべきものとされている国土庁発行の土地価格比準表によれば、対象土地の存する地域の価格水準に比べて公示地等の存する地域の価格水準が上位五〇パーセントから下位三〇パーセントまでの範囲内にあるものから選定すべきものとされているところ、右各鑑定の選定した標準地のうち右基準を充たすものは、前項記載の〈3〉及び〈5〉のみである。柳澤鑑定は、この点からも不当であるが、更に、右土地価格比準表によれば、商業地の価格比準方法は、各条件ごとの格差率による修正値の相乗積であるべきところ、同鑑定は、〈6〉の規準価格を求めるについて各条件の総和で算定しており、この点からも不当である。

(三) 河合鑑定は、右各類似標準地等の存する地域が普通商業地域であるにもかかわらず、準高度商業地域として地域要因の分析をしており、この点において不当である。

六  原告の反論に対する被告の認否

すべて争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一  原告が肩書地に居住する岡崎市の住民であり、被告が昭和五六年及び同五七年当時岡崎市長の職にあったこと(請求原因1)、岡崎市が昭和五六年八月五日公社との間で本件売買契約を締結し、同五七年五月二〇日本件支出をしたこと(請求原因2)、岡崎市は本件土地を市営駐車場とする目的で取得したものであり、土地収用法三条三二号の公共の用に供する施設に該当し、同法による収用が可能な土地であるから、地価公示法九条により公示価格を規準としてその取得価格を定めるべき公示価格規準義務を負っていること(請求原因3の一部)及び原告が本件支出につき原告主張のとおり監査請求を経たこと(請求原因5)は、いずれも当事者間に争いがない。

第二  原告は、右争いのない事実を前提に、本件売買価額は、公示価格を規準として求めた価額に比べて少なくとも金三億五〇〇〇万円高額であり、地価公示法九条の公示価格規準義務に違反する違法なものである旨主張する(請求原因3)ので、右原告主張の当否について、以下に判断する。

一  公示価格を規準とすることの意義

1  地価公示法九条にいう「公示価格を規準とすること」の意義については、同法一一条において、「対象土地価格を求めるに際して、当該対象土地とこれに類似する利用価値を有すると認められる一又は二以上の標準地との位置、地積、環境等の土地の客観的価値に作用する諸要因についての比較を行ない、その結果に基づき、当該標準地の公示価格と当該対象土地の価格との間に均衡を保たせることをいう。」と規定され、同条の趣旨については、昭和四五年二月二三日付建設事務次官通達(建設省計宅政発第三三号~二)で、「比較の対象として用いる標準地の価格形成要因(土地の客観的価値に作用する諸要因をいう。以下同じ。)の作用を把握し、これに関する判断を基準として対象土地の価格形成要因の作用を判断することにより、対象土地の取得価格の算定を行ない、もって当該標準地の公示価格と対象土地の価格との間に均衡を保たせることが必要であるとする」と説明されている。

2  ところで、地価公示法は不動産鑑定評価制度の整備を背景にして、その専門的技術に依拠して、都市及びその周辺地域の土地の中から標準地を選定し、不動産鑑定評価基準(昭和四四年九月二九日住宅宅地審議会答申)の定める鑑定方法を用いてその正常な取引価格を算定し、これを公示することにより、不動産鑑定士等の専門的技術に基づく客観的鑑定方法によって算定された土地の価格を一般の土地取引に指標となるべき模範例として提供し、いわゆる「呼び値」とか「付け値」と称される投機的な土地価格の形成を排除し、もって、適正な地価の形成に寄与しようとするものである。

したがって、標準地の公示価格の算定は、不動産鑑定評価基準の定める鑑定方法に則って行われることになっており、具体的には、土地鑑定委員会が、毎年一回、二人以上の不動産鑑定士又は不動産鑑定士補に、当該標準地について自由な取引が行われるとした場合に通常成立すると認められる価格(すなわち、標準地の公示価格)についての鑑定評価を求め(同法二条一項、二項)、これを受けた不動産鑑定士等は、近傍類地の取引価格から算定される推定価格(すなわち、不動産鑑定評価基準にいう取引事例比較法によって算定される「比準価格」である。)、近傍類地の地代等から算定される推定価格(すなわち、不動産鑑定評価基準にいう収益還元法によって算定される「収益価格」である。)及び同等の効果を有する土地の造成に要する推定費用額(すなわち、不動産鑑定評価基準にいう原価法によって算定される「積算価格」である。以下、不動産鑑定評価基準の取引事例比較法、収益還元法及び原価法の三鑑定方式を「三方式」という。)を勘案して標準地の鑑定評価を行って(同法四条)、その結果を土地鑑定委員会に報告し、同委員会が、それに必要な調整を加えて公示価格を求めることになっている。

3  このように、標準地の公示価格が不動産鑑定評価基準の三方式によって求められていることを前提にすると、対象土地の価格を、標準地の公示価格を求めるのと同じ鑑定方式、すなわち、不動産鑑定評価基準に定める客観的な鑑定方式によって求めれば、理論的には、対象土地の価格は標準地の公示価格と均衡が保たれているべきものである。しかしながら、実際上は、現実の公共用地の取引価格と実際の取引から離れた公示価格との間に格差が生じやすいことを考慮して、対象土地の価格の算定の過程で、標準地の公示価格の価格形成要因の作用や公示価格自体を参考にして、対象土地の価格形成要因の分析や作用の把握が適切に行われているか検証することを要求したところに地価公示法九条の意義があると解されるのである。

以上を前提にすれば、地価公示法一一条にいう「公示価格を規準とする」こととは、対象土地の価格が不動産鑑定評価基準に則った鑑定方式によって算定されていることを前提に、その算定過程で行われた価格形成要因の分析等が、標準地の公示価格の算定過程で行われる価格形成要因の分析に照らして不合理でなく、かつ、右算定の過程において標準地の公示価格やその価格形成要因の作用に対する適切な配慮がなされていることをいうものと解され、以上のことが遵守されている場合には、地価公示法上の公示価格規準義務は尽くされていると評価することができる。もっとも、右の義務内容のうち、対象土地の価格の算定が不動産鑑定評価基準に定める鑑定方法によって行われるべきことを除く、価格形成要因の分析の当否等の点については、いずれも不動産鑑定評価技術の当否に係わる問題であるところ、前記2に記載したように地価公示法が不動産鑑定士の専門的鑑定技術に依拠するものであることにかんがみれば、これらの技術的事項については、原則として当該不動産鑑定士の裁量に委ねられており、ただ、当該取引事例の選定や地域要因の分析等が明らかに不合理で、標準地の公示価格における価格形成要因の作用に対する配慮を著しく欠いたと評価できるような場合に限って、公示価格規準義務に違反するものと解すべきである。そして、右公示価格規準義務の違反の有無を検証するに当たり、地域要因の分析等の当否については、技術的事項であるため、一般に検証が困難であるが、当該鑑定によって得られた対象土地の価格が、他の複数の鑑定によって得られた対象土地の価格に比べて、著しく高額又は低額である場合には、当該鑑定方法において鑑定技術上の不備があったと推認することができよう。

4  なお、原告主張(請求原因3、原告の反論1)のように、比較の対象とすべき標準地の公示価格に個別要因差や地域要因差に基づく補正を加えて価格を算定しなければ、公示価格規準義務は尽くされたとはいえない旨の主張は、独自の見解であって、前記の解釈に照らして採用することができない。

二  本件売買価額の算定と公示価格規準義務

そこで、前項の解釈を前提にして、本件土地売買価額の算定過程において、公示価格規準義務が尽くされていないとする原告主張の当否について、以下に検討する。

1  岡崎市が、訴外会社所有の本件土地を市営駐車場とする目的で取得することとし、その取得価格の鑑定を訴外鑑定事務所及び訴外銀行に依頼したこと、これを受けて、訴外鑑定事務所の河合鑑定士及び訴外銀行の柳澤鑑定士が、それぞれ本件土地の正常価格についての鑑定をした上、その鑑定結果を岡崎市に報告し、岡崎市は、両鑑定結果に基づき訴外会社と協議した結果、本件土地の取得価格(すなわち、本件売買価額)を金一〇億五〇〇〇万円と定めたこと(被告の主張1(一)ないし(三))について、原告は明らかに争わないから、これを自白したものとみなし、右事実に、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 岡崎市は、本件土地の取得価格の決定に先立ち、本件土地の正常価格の鑑定を訴外鑑定事務所に依頼し、これを受けて訴外鑑定事務所の河合鑑定士は、昭和五六年四月一七日付けで河合鑑定(〈証拠〉)を岡崎市に提出したが、その鑑定内容は以下のとおりである。

(1) 地域分析

本件不動産は、国道一号線と主要地方道名古屋岡崎線との交差部の北西部に接して位置する。岡崎市都心部の再開発事業の施行により、整備された商業の中心部を形成し、マクロ的には、岡崎市を代表する商業地域であるが、再開発事業の施行区域と未施行区域が混在し、街路条件、環境条件、行政条件に格差があるため、これをA、B、Cの三地域に区分する。なお、類似地域として、D、E、Fの三地域についても、地域分析を加える。

(A地域)

対象地域の西端部に位置する。本件土地の他、岡崎スポーツガーデン、岡崎郵便局等の公共的性格の強い大規模画地によって構成され、現況においては、商業的性格は相体的に低位にある。標準的使用は、三〇〇ないし四〇〇平方メートルの敷地の中層オフィス用地であり、地価水準は一平方メートル当たり金二七万五〇〇〇円前後にあり、法的規制としては、商業地域で、建築基準法上の容積率四〇〇パーセント、建ぺい率八〇パーセントの準防火地域である。

(B地域)

都市再開発事業の施行区域を主体とする地域である。一部に公共施設がある他、小規模の低層店舗用地等も存在するが、大規模デパート、集合店舗、ホテル等の中高層建物が存在し、商業の中心部を形成する。なお、標準地として、別表1-1に記載の「岡崎5-10」が存在する。標準的使用は、五〇〇〇平方メートルの敷地の高層店舗ビルであり、地価水準はA地域に比べて七〇パーセント高く、法的規制としては、商業地域で、容積率六〇〇パーセント、建ぺい率八〇パーセントの防火地域である。

(C地域)

主要地方道名古屋岡崎線沿いの地帯を主体とする地域である。古くからの商業の中心部として敷地一〇〇ないし三〇〇平方メートルの中層の各種店舗が連担する商業地域を形成する。なお、標準地として別表1-1に記載の「岡崎5-1」が、取引事例として別表2の(取引事例)イに記載の土地が、収益事例として別表2の(収益事例)記載の土地がそれぞれ存在する。B地域とほぼ同等ないしは若干高めの地価水準にあり、法的規制は、商業地域で、容積率六〇〇パーセント、建ぺい率八〇パーセントの防火地域である。

(D地域)

C地域の北部に隣接する主要地方道名古屋岡崎線沿いの地帯で、C地域同様に敷地一〇〇ないし三〇〇平方メートルの中層の各種店舗が連担しているが、C地域に比べて通行量、人口等の環境条件が劣るため、地価水準はA地域の八〇パーセント程度、C地域の四五パーセントにある。なお、標準地として別表1-1に記載の「岡崎5-9」が存在し、取引事例として別表2の(取引事例)ロ記載の土地が存在する。

(E地域)

C地域の東背後地を形成し、康生通南地内を主体とする地域である。金融機関の他、有名店舗等もあり、商業中心部の一角を占める。なお、別表1-2に記載の県基準地「岡崎(県)5-4」が、取引事例として別表2の(取引事例)ハ記載の土地がそれぞれ存在する。標準的使用は、一〇〇ないし三〇〇平方メートルの敷地の中低層店舗であり、地価水準はB、C地域のほぼ中間にあり、法的規制は、商業地域で、容積率六〇〇パーセント、建ぺい率八〇パーセントの防火地域である。

(F地域)

D地域の東に隣接し、伝馬通を主体とする地域である。低層店舗兼住宅の並ぶ路線商業地域を形成するが、店舗用地としての環境条件はかなり劣っている。なお、標準地として、別表1-1記載の「岡崎5-12」が、取引事例として別表2の(取引事例)ニ、ホ記載の土地が、それぞれ存在する。法的規制は、商業地域で、容積率四〇〇パーセント、建ぺい率八〇パーセントの準防火地域である。

(地域要因の比較検討)

本件土地のあるA地域を基準にして、他の五地域と地域要因の比較をした結果は、別表4-1及び同4-2に記載のとおりである。

(2) 個別分析

(所在位置)

岡崎スポーツガーデンの東に隣接する。

(形状地勢)

間口約九〇メートル、奥行約五二メートルの長方形の平坦地である。

(道路状況)

東側は幅員一五メートル、歩道両側に各三メートルの等高の市道に接し、南側は幅員八メートルの歩道のない市道に接している。

(供給処理施設)

上水道、都市ガス及び公共下水道が完備されている。

(交通機関)

名鉄東岡崎駅の北西約一・三キロメートルにある。

(最有効使用)

岡崎市の商業の中心部に位置するが、短期的には高層集合店舗等の敷地としての利用は困難で、現時点での標準的使用のあり方からすると、地積過大による市場性の減退が予想され、その地価は、標準とする地価水準より若干低位になると判定される。もっとも、岡崎市において住宅に対する需要は引き続き根強いものがあり、本件土地は、交通機関の便にも恵まれているので、結局、高層マンション用地としての使用が最有効使用であると判定した。

(個別要因の比較検討)

以上の個別要因を基準として、別表1-1の標準地「岡崎5-10」、「岡崎5-1」、「岡崎5-9」、「岡崎5-12」、別表1-2の愛知県地価調査基準地「岡崎(県)5-4」、別表2(取引事例)記載の各取引事例土地の個別要因と比較した結果は、別表5-1及び同5-2に記載のとおりである。

(3) 価格の算定

本件土地の更地としての価格を、不動産鑑定評価基準の鑑定方式に則って、以下のとおり算定した。

〈1〉 比準価格

別表3-1記載のとおり、個別要因の比較検討で取り上げた各標準地等及び取引事例の一平方メートル当たりの価格に、事情補正、時点補正の他、前記の地域要因及び個別要因の比較の結果得られた格差による補正を加えて得られた各土地の価格のうち、規範性に富むイ事例を主体とし、ロ、ハ事例寄りの価格を重視して、本件土地の一平方メートル当たりの比準価格を金二六万円と算定した。

〈2〉 収益価格

別表2の収益事例地に帰属する純収益から、別表3-2に記載のとおり、個別要因及び地域要因の比較に基づく補正等を加えて本件土地に帰属する純収益を算出し、これを資本還元して、本件土地の収益価格を一平方メートル当たり金二三万一〇〇〇円と算定した。

〈3〉 マンション建設を想定した試算価格

最有効使用の判定に従い、マンション建設を想定した場合の更地としての価格は、別紙計算表二に記載のとおり、一平方メートル当たり金二三万円である。

〈4〉 公示価格のみに基づく試算価格

別表1-1の標準地「岡崎5-10」、「岡崎5-1」、「岡崎5-9」、「岡崎5-12」、別表1-2の県基準地「岡崎(県)5-4」に、個別要因及び地域要因の比較に基づく補正等を加えた価格は、別表3-1に記載のとおりであるが、このうち、最も規範性に富む「岡崎5-10」寄りの価格を重視して、公示価格のみに基づく本件土地の試算価格は一平方メートル当たり金二一万九〇〇〇円と算定した。

(4) 価格の調整

以上〈1〉ないし〈4〉の各価格のうち、比準価格は、適切にして規範性に富む取引事例に適切な補正を加えて試算した結果であり、常に変動の過程にある地価趨勢を的確に反映して、一般市場における適正な地価水準を表しているといえるから、これを最も重視し、これに、他の価格、特に公示価格のみに基づく試算価格に着目して、若干の下方修正を施した結果、本件土地の一平方メートル当たりの単価は金二四万八〇〇〇円であり、本件土地の更地としての正常価格は、これに地積を乗じた金一一億六三九三万八〇〇〇円であると算定した。

(5) 結論

本件土地には、実際には、本件建物が存在しており、この解体に要する費用を前記更地価格から控除する必要があるところ、右解体費用は別表6に記載のとおり、金三七七六万三〇〇〇円と算定され、したがって、本件土地の現状における正常価格は、更地価格から右解体費用を控除した金一一億二六一七万五〇〇〇円となる。

(二) 岡崎市は、本件土地の取得価格の決定に先立ち、本件土地の正常価格の鑑定を訴外銀行に依頼し、これを受けて訴外銀行の柳澤鑑定士は、昭和五六年五月一八日付で柳澤鑑定(〈証拠〉)を岡崎市に提出したが、その鑑定内容は、以下のとおりである。

(1) 地域分析

本件土地の属する近隣地域は、国鉄(現在の東海旅客鉄道株式会社。以下同じ。)岡崎駅の北約四キロメートル、名鉄東岡崎駅の北西約〇・九キロメートルの位置にあり、本件土地を中心に、東へ約三〇〇メートル、西へ〇メートル、南へ約一〇〇メートル、北へ約一〇〇メートルの範囲にあり、上下水道及び都市ガスも完備している。

近隣は、本町康生西地区を中心とした高度商業地の一角にあり、大規模小売店舗、金融機関、一般小売店舗が集中し、その中に、郵便局等の公共施設、岡崎スポーツガーデン等のレクリエーション施設の立地も見受けられる。当地域は、東側の旧官庁の移転跡地とその隣接の商住混合地域に中高層ビル等の土地の立体利用による再開発が行われた結果、現在の様相を整えるに至ったものであり、今後も西三河の中心商業地域として商業集積度を高めていくことが予想される。

(2) 個別分析

(位置)

名鉄東岡崎駅の北西約〇・九キロメートル、康生通交差点及び名鉄バス岡崎公園前停留所の北約一〇〇メートルの直線距離に位置し、大量輸送機関の便は悪いが、バス等の自動車交通は至便である。

(規模・形状・地勢)

地積四六九三・三〇平方メートルを有する長方形の角画地で、地表面は平坦である。地積は大きいが、中高層建物敷地としては優れている。

(接面道路及び接する状況)

東側に幅員約一五メートル、南側に幅員約八メートルの舗装公道があり、画地は一メートルから四メートル内外低いが、利便性の程度は変わらない。

(最有効使用)

中高層の店舗付事務所用建物の敷地としての利用が最有効使用であると判定した。

(3) 価格の算定

別表7に記載のとおり、同表(1)ないし(3)の取引事例及び別表1-1に記載の「岡崎5-1」を選定し、これに時点修正、事情補正及び前記地域要因の分析に基づく補正を加えた結果、本件土地の更地としての比準価格を一平方メートル当たり金二七万九〇〇〇円と算定し、また、別表7に記載の収益事例から、同表に記載のとおり、本件土地の更地としての収益価格を金二二万三〇〇〇円と算定し、比準価格を七〇パーセント、収益価格を三〇パーセントの割合で勘案し、かつ、前記標準地「岡崎5-1」の公示価格との均衡を考慮して、本件土地の一平方メートル当たりの単価を金二六万二〇〇〇円と算定し、これに、本件土地の個別要因に基づく補正として、地積マイナス一〇パーセント、奥行逓減マイナス二パーセント、角地プラス七パーセント、全体としてマイナス五パーセントの補正を加えて、一平方メートル当たり金二四万九〇〇〇円と算定し、この結果、本件土地の更地の正常価格は、右単価に地積を乗じた金一一億六八六三万円と算定された。なお、本件土地上にある本件建物の解体費用は金八四五〇万円と算定され、これを本件土地の更地価格から控除すると金一〇億八四一三万円となった。

(三) 岡崎市は、河合鑑定及び柳澤鑑定の結果を勘案した結果、本件土地の現状での取得価格を右各鑑定価格より低い金一〇億五〇〇〇万円とした。

(四) 不動産鑑定士野崎優(以下「野崎鑑定士」という。)は、当裁判所の鑑定人として、昭和六一年六月四日、本件土地の昭和五六年八月五日時点での公表されていた公示価格のみに基礎をおいた価格の鑑定を命ぜられ、昭和六一年九月八日、右鑑定事項に対する鑑定書を提出したが、その鑑定結果(以下「野崎鑑定甲」という。)は、以下のとおりである。

(1) 地域分析

(近隣地域の範囲)

本件土地を中心に西へ約一三〇メートル、北へ約一〇〇メートル、及び南へ約一二〇メートルの範囲にある。

(商業地としての立地条件)

当地域は、岡崎市で最も集積された商業地(準高度商業地)に隣接しているが、当地域自体の繁華性は乏しく、岡崎市における商業地の飽和状態を考えると、当地域の商業地としての発展は当面望み薄である。

(交通施設の状況)

名鉄バス(最寄り停留所岡崎公園前)の利用の便がよく、名鉄電車(最寄り駅東岡崎)の利用が可能である。

(地域の特性)

当地域は、岡崎市役所の北西約一・二キロメートル、名鉄東岡崎駅の北西約一キロメートルに位置し、岡崎市における代表的商業地域に隣接した商業地域の一角にある。当地域の街路は区画整然としており、地域内の街路条件は良好で、上下水道及び都市ガスも完備されている。当地域の標準的な土地使用は、駐車場又は公共施設用建物の敷地であり、商業地として十分に熟成しているわけではなく、むしろ隣接の集積的準高度商業地域との関連において、その補助的な機能を果たす地域として発展、推移するものと予測される。

(法的規制)

都市計画法上の市街化区域に指定されており、用途区分は商業地域であり、建ぺい率八〇パーセント、容積率四〇〇パーセントの準防火地域である。

(2) 個別分析

(形状・地積・位置)

東間口約九〇メートル、南間口約五一メートルのほぼ長方形の土地で、地積は四六九三・三〇平方メートルであり、名鉄電車東岡崎駅の北西約一・四キロメートルに位置する。

(接面街路の状況)

幅員約一七・五メートルの舗装道に東接面し、幅員約九・五メートルの舗装道に南接面した角地であり、東接面道路より約二・五メートル低く、南接面道路より約〇ないし二・五メートル低い。

(公共施設等への直線距離)

本件土地から南東へ約一・三キロメートルの位置に岡崎市役所があるなど、各種公共、商業施設への接近性に恵まれている。

(最有効使用の判定)

複合用途向け建物(駐車場併用の店舗、事務所兼共同住宅)の敷地として利用が最有効使用と判定した。

(3) 価格の算定

昭和五六年八月五日の時点で公表されていた標準地ないし県基準地の公示価格のみを基礎にして、この中から、本件土地の存する近隣地域にあり、幅員約一五メートルの舗装道に接面し、標準地積四〇〇平方メートル前後の中層店舗又は事務所兼共同住宅の敷地と類似するものとして別表1-1に記載の標準地「岡崎5-4」、「岡崎5-9」、「岡崎5-11」、「岡崎5-12」、「岡崎5-17」、並びに別表1-2に記載の県基準地「岡崎(県)5-6」、「岡崎(県)5-9」を選定し、これに別表8に記載のとおり、事情補正及び時点修正の他、別表9に記載の標準化補正及び地域格差に基づく補正を加えて、一平方メートル当たりの単価一七万七〇〇〇円を算定し、これに、本件土地が角地であるが、面積過大で接面道路との間で相当の高低差があることを考慮して、マイナス一〇パーセントの個別要因補正を加えた結果、本件土地の前記鑑定条件の下での価格は、金七億四七六〇万円と算定された。

(五) 野崎鑑定士は、当裁判所の鑑定人として、昭和六二年七月三一日、本件土地の昭和五六年八月五日時点での本件土地の不動産鑑定評価基準に基づいた正常価格及びそれを前提として公示価格を規準とした価格についての鑑定を命ぜられ、昭和六二年一〇月五日、右鑑定事項に対する鑑定書を提出したが、その鑑定結果(「以下「野崎鑑定乙」という。)は、以下のとおりである。

(1) 地域分析、個別分析の結果は、野崎鑑定甲と変わるところはない。

(2) 正常価格の算定

(比準価格の算定)

同一需給圏内の近隣、類似地域内において取引事例を収集し、その中から別紙取引事例No1ないし4に記載の適切な事例を選択して、これらの取引事例の価格に、別表10の取引事例比較法欄に記載のとおり、事情補正、時点修正、標準化補正等を施して規範性のあるものにした後、地域要因の比較を行って、近隣地域の標準地の比準価格を一平方メートル当たり金二三万円と算定した。

(収益価格の算定)

同一需給圏内の類似地域内において、別紙収益事例No5に記載の類似不動産の賃貸事例を収集し、右別紙収益事例の(4)に記載の計算方法によりその純収益を算定し、これを基に、右別紙収益事例の(5)及び(6)並びに別表10の収益還元法欄に記載の修正を行って標準地に帰属する純収益を求め、これに、別表10の収益還元法欄に記載のとおり、六パーセントで資本還元して、近隣地域における標準地の収益価格を一平方メートル当たり金二一万四〇〇〇円と算定した。

(試算価格の調整と標準地価格の決定)

以上により求められた比準価格と収益価格を比較すると、前者が後者を上回っているが、これは鑑定に係る時点での岡崎市内の地価水準が土地の客観的収益獲得可能性を上回っていたことを示しており、また、収益事例が質的な面で比準価格の基礎となった取引事例に劣ること、取引事例の方が資料が豊富であったことから、比準価格を中心に収益価格を斟酌して近隣地域の標準地の価格を求めると、一平方メートル当たり金二二万五〇〇〇円となる。

(本件土地の価格)

標準地の一平方メートル当たりの単価に、野崎鑑定甲で示したようにマイナス一〇パーセントの個別要因による修正を加え、これに本件土地の地積を乗じると、本件土地の正常価格は金九億五〇三九万円と算定された(以下野崎鑑定乙における本件土地の正常価格を「野崎鑑定乙A」という。)。

(野崎鑑定甲の鑑定結果の斟酌)

野崎鑑定乙Aの正常価格に、野崎鑑定甲で求めた公示価格のみを基礎に求めた価格及びそこで比較した標準地等存する地域状況等や地価公示法の趣旨を斟酌した補正を加えた結果、本件土地は金八億五〇〇〇万円と算定された(以下野崎鑑定甲の鑑定結果による補正後の野崎鑑定乙における本件土地の価格を「野崎鑑定乙B」という。)。

2  前記一3に記載のとおり、当該対象土地の価格が不動産鑑定評価基準に則った方式で行われ、その際の価格形成要因の分析等が不合理でなく、かつ、算定の過程において標準地の公示価格やその価格形成要因の作用に対する適切な配慮がされていれば、公示価格規準義務は尽くされたことになるものと解すべきところ、前項の認定事実を前提にして、岡崎市が本件土地価格を定めるに当たって参考にした河合鑑定及び柳澤鑑定において、原告主張の公示価格規準義務違反があるかについて、野崎鑑定甲、乙と比較しながら、以下に検討する。

(一) 河合鑑定及び柳澤鑑定は、前記二1(一)(二)に記載のとおり、いずれも、不動産鑑定評価基準に定める鑑定方法に則り、本件土地の地域要因及び個別要因の分析を経た上で、類似の取引事例、収益事例及び類似標準地等を収集し、取引事例比較法による比準価格及び収益還元法による収益価格を求めたほか、近隣の標準地等の公示価格を基にして算定した価格をも求めて、これらの価格を総合調整した上、本件土地の個別要因に基づく補正を加えて本件土地の更地価格を算定しており、算定方法自体において野崎鑑定乙と変わることはなく、いずれについても前記の公示価格規準義務の違反が存するとは認められない。

なお、類似標準地の公示価格のみを基にして、地域要因等の補正を加えて算出する方法は、不動産鑑定評価基準にはなく、地価公示法による標準地の公示価格の算定にも用いられていない地価算定方法であって、これを用いない限りは公示価格規準義務は尽くされたとはいえないとする原告の主張が採用できないことは、前記一4に記載のとおりであり、また、野崎鑑定甲は、原告主張のものと同じ算出方法を採るが、これは裁判所から鑑定方法を原告主張のものに限定されたためであって、その方法自体は参考とすることはできない。

(二) 次に、河合鑑定及び柳澤鑑定における類似取引事例や類似標準地等の選定等について検討するに、以下のとおり、原告主張のような不合理な点があったとは認められない。

(1) 取引事例の選定について見るに、河合鑑定は昭和五五年三月から同五五年八月までの間、柳澤鑑定では昭和五四年一月から同五五年四月までの間の取引事例を選定しており、野崎鑑定乙が昭和五四年四月から同五六年四月までの間の取引事例を選定しているのと大きな格差はない。また、河合鑑定及び柳澤鑑定は、いずれも本件土地の近隣の岡崎市康生通、同市本町又は同市伝馬通所在の土地の取引事例を選定しているところ、野崎鑑定乙においても同市康生通及び同市伝馬通に所在の取引事例を選定しており、この点でも各鑑定に大きな格差はなく、その他の点においても取引事例の選定において河合鑑定、柳澤鑑定のいずれにも明らかに不当と認められる点は認められない。

(2) 次に、類似標準地等の選定について見るに、河合鑑定、柳澤鑑定並びに野崎鑑定甲及び乙の選定した類似標準地は、前記認定のとおりである。河合鑑定及び柳澤鑑定においては別表1-1の「岡崎5-1」が、河合鑑定及び野崎鑑定甲、乙においては別表1-1の「岡崎5-4」、「岡崎5-9」、「岡崎5-12」及び別表1-2の「岡崎(県)5-4」が重複して選定されている上、これらの位置等を検討しても、河合、柳澤両鑑定において、類似標準地の選定に明らかに不当な点があったとは認められない。

なお、原告は、国土庁の土地価格比準表(〈証拠〉)によれば、類似標準地は、対象土地の存する地域の価格水準に比べ標準地の存する地域の価格水準が上位五〇パーセントから下位三〇パーセントまでの範囲内にあるものから選定すべきものとされているところ、右類似標準地のうちこの要件を充たすものは「岡崎5-9」と「岡崎5-12」だけであり、他の類似標準地の選定は誤りである旨主張し(原告の反論2(二))、〈証拠〉によれば、右土地価格比準表には原告主張の記載があることが認められるが、右土地価格比準表は地域要因等の把握及び比較についての原則的な目安を提供するものにすぎず、これと異なる取扱いをしたとしても、そのことが明らかに不当なものとして直ちに地価公示法上の公示価格規準義務に違反する結果となるものではなく、原告の主張には理由がない。

(3) 次に、地域要因及び個別要因の分析について見るに、河合、柳澤両鑑定の分析内容は、前記のとおりであって、野崎鑑定乙と比べても、地域特性の判定において、河合鑑定及び野崎鑑定乙が本件土地の存在する地域が近い将来高度商業地域として発展していくことは望み薄であると判断しているのに対し、柳澤鑑定では高度商業地域としての発展が見込めるとの判断を示している点に違いがあるものの、最有効使用の判定においてはいずれの鑑定も、「中層の共同住宅の敷地」と判定するなど、全体としては、むしろ似通っており、その他原告主張の点を考慮にいれても、河合、柳澤両鑑定には、いずれも明らかに不当と認められるような誤りは認められない。

(4) 次に、地域要因等による補正の適否について見るに、これらの点においても、河合、柳澤両鑑定の内容に明らかに不当と認めるべき点は認められず、柳澤鑑定について原告が指摘するような不都合な点も認められない。

(5) 最後に、河合鑑定及び柳澤鑑定の算定に係る本件土地の価格面から、両鑑定の鑑定方法の当否を検討するに、野崎鑑定乙Aの価格を基準とすると、河合鑑定の更地価格は約二二・四六パーセント増(建物撤去費用を控除した価格では約一八・四九パーセント増)、柳澤鑑定の更地価格は約二二・九六パーセント増(建物撤去費用を控除した価格では約一四・〇七パーセント増)にすぎず、また、野崎鑑定Bを基準にしても、河合鑑定の更地価格は約三六・九三パーセント増(建物撤去費用を控除した価格では約三二・四九パーセント増)、柳澤鑑定の更地価格は約三七・四八パーセント増(建物撤去費用を控除した価格では約二七・五四パーセント増)にとどまるのであって、価格面からも、河合、柳澤両鑑定の鑑定方法に明らかに不当な点があったとまでは認められない。

(三) よって、河合鑑定及び柳澤鑑定のいずれにおいても、本件土地の価格を算定する過程において、公示価格規準義務に違反する点があったとは認められない。

3  本件売買価額は、前記1(三)で認定したとおり、岡崎市が河合、柳澤両鑑定を勘案した結果定めたものであるが、前記のとおり、河合、柳澤両鑑定における本件土地価格の算定経過には公示価格規準義務に違反した点があったとは認められないこと、本件売買価額は河合、柳澤両鑑定の算定に係る価格より低額の金一〇億五〇〇〇万円であり、野崎鑑定乙Aに比べて約一〇・四八パーセント増、野崎鑑定乙Bに比べて約二三・五二パーセント増にすぎないことからも、本件売買価額の算定において公示価格規準義務があったとは認められない。

三  小括

したがって、本件売買価額の算定において公示価格規準義務違反があったとする原告の主張は採用することができず、他に本件支出が違法であると認めるに足りる主張及び立証はない。

第三  結論

以上の次第であって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用については行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浦野雄幸 裁判官 杉原則彦 裁判官 岩倉広修)

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